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Learning by Playing:「脳」と「運動」vol.1

認知症は誰にでもやってくる!?

2021年6月、未だ暗く重たい雲が覆ったこのコロナ禍で久々に明るい光が差し込んだかのようだ。アルツハイマー病の根本治療が期待できる薬がFDA(米食品医薬品局)によって承認されたというニュースだ。

 米バイオジェン社とエーザイ社が共同開発したアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」は、2003年以降に承認された治療薬がなかったアルツハイマー病治療において大きな進歩だ。これまでの治療薬は一時的な症状の緩和に寄与するものであったが、この新薬はアルツハイマーの根本的な原因に作用する治療薬で今後の治療が劇的に変わる可能性が示唆されている。

アルツハイマーは、2025年には有病者数が730万人とも予想され、これは65歳以上の5人に1人が認知症になるという計算だ。

アルツハイマー病の原因は完全に解明されていない。わかっていることは、誰もがみんな自分の脳に持っているアミロイドβ(ベータ)やタウタンパクというタンパク質がなぜか新陳代謝されなくなって溜まり出す現象が発生し、元気な神経細胞を攻撃し殺してしまう。よって脳が萎縮してしまうということ(諸説ある様です)。

「アデュカヌマブ」の投与によってこの働きを止めることができるので、これは大きい進歩なのだ。だが、患者1人あたりの年間薬剤費は600万円を超えるとも言われ、高額だ。更に言えば、アルツハイマー病がなくなるというわけでなない。ここは重要なポイントだ。

では、一体我々はこの誰にも起こり得る恐ろしいリスクにどう立ち向かうべきなのか?

予防は可能か?

そもそもアルツハイマー病は、認知症の一種。その他にはパーキンソン病などもある。認知症には、遺伝的な要素と生活習慣や加齢などの要素がある。高血圧、肥満、心臓病、糖尿、ストレス、うつ病など様々なことが記憶を司る脳の「海馬」の萎縮に関係することが知られ、加齢はこの「海馬」の萎縮と密接な関係があり40歳を超えると「海馬」の大きさは加速度的に小さくなる。なんと毎年この「海馬」の体積が1%程度で減少していくそうだ。「海馬」が小さくなると、認知症のリスクはグンと高くなる。

一方で認知症の予防には、食事療法やビタミンなどの摂取はあまり効果がなく、パズルなどの脳トレが良いとも言われる。しかも段階的に難易度が上がっていく様なパズルゲームが効果的だそうだ。

対戦型のボードゲームや脳トレ・ゲームは予防に良いとか、あまり効果ないとか両論ある様だが、段階的に難易度が上がるパズルゲームが良いとするなら、FUN要素の強いゲームというよりは、短時間で終わり何度も対戦できるアブストラクト・ゲーム(サイコロなどの運の要素を使わない思考型ゲーム)は効果が期待できると考えられる。

そしてもうひとつ、認知症の予防として最も期待できると言われているのが、「運動」だ。W T Oが発表している認知症予防の筆頭には「運動」が挙げられ、禁煙や食生活、社会参加、肥満・高血圧・糖尿病などの予防が紹介されている。

実際様々な研究が行われおり、「運動」しているグループとそうでないグループでの調査で明らかに認知症の発生確率が低いのは「運動」しているグループなのだ。

「運動」はウォーキングやランニングなどの有酸素運動が効果的であると知られているが、近年では筋トレの様な無酸素運動やインターバルを挟んだ「運動」などとの組み合わせが最も効果的だと言われている。


「運動」はどの年齢でも、誰にでも重要だ!

「運動」は、認知症の予防だけではない。継続的な「運動」は「海馬」を大きくすることができ、クリエイティビティーを高め、集中力を飛躍的にアップさせる。つまり、「実行機能」という脳の働きを「運動」が高めるのだ。「実行機能」は、我々の生活全般に常に関わる重要な脳機能で、問題解決力や論理的思考力、ブログラミング力やプランニング力など目的を達成するための方法や手段を生み出す脳機能と言える。「実行機能」が優れている人は、学校の成績が良く、スポーツ万能で健康、仕事ができ、コミュニケーション力が高く、一方で実行機能が低い人は、段取りが悪く仕事ができない、仕事などを続けることができず、離婚率や犯罪率が高いようだ。「運動」には、抗うつ薬と同程度のうつ病の治療効果があるという発表もあり、運動時間が長い人ほどうつ病になり難いという。「脳」と「体」はつながっているのだ。

「運動」を生活に組み込むメリット

興味深い研究調査がある。高所得者(年収750万以上)は、低所得者(年収300万以下)に比べ「運動」など身体を動かす回数が倍以上も多いそうだ。また経営者やエグゼクティブと呼ばれる一流のビジネスパーソンには、ランニングなどの「運動」の習慣を持つ人が多い。特に朝に「運動」をする「朝活」の生活習慣を持つ。ニューヨーク・タイムズ紙の調査では、ビジネスだけでなく様々な分野で活躍する成功者の平均起床時間は、6時27分ということだ。トップクラスの経営者には更に早起きで、スターバックスの創業者ハワード・シュルツは4時半、アップルCEOのティム・クックも4時半、Twitter創業者のジャック・ドーシーは5時半、女優のグウィネス・パルトローは4時半、米VOGUE誌の編集長アナ・ウィンターは、5時の起床。

朝型の人は夜型に比べ、年収が高く貯金が多いという調査結果があり、年収300万においては朝型の人は3割に留まるが、年収1400万以上になると朝方は7割を占めるという。脳のパフォーマンスを最大限に発揮するには、脳のリズムを掴むと良い。脳は、身体と同様に起床後に活性化し、昼前にピークを迎える。昼後はパフォーマンスが少し下がり、18時〜19時に再びピークを迎えるが21時以降は低下する。このリズムを活用し、「朝活」をすることで脳をいち早く覚醒させることが、成功者が理解しているメソッドなのだ。

特にランニングなどの有酸素運動は効果的で、走ることで新鮮な酸素と血液が脳に運ばれ「海馬」や「実行機能」の前頭葉が活性化されるので、記憶力や問題解決力、集中力、判断力などが高まる。特に朝から午前中の脳はパワーがあり、クリエイティブな作業や勉強が最もはかどる時間帯だ。朝のランニング後に、苦手な科目を先にやっつけてしまうことも良いだろう。外野からの情報が少ないうちに大きい仕事やクリエイティブ・ワークに取り組んでしまい、午後に余裕を持って仕事をするのも手だ。「朝活」を取り入れ、自分なりのルーティンを作ることをお勧めしたい。

記憶力や集中力だけではない、「朝活」の重要な効果もある。「幸福感」がそれだ。成功者は精神的に豊かでもあるのだ。「ランナーズ・ハイ」という現象を体験したことがある人は少ないかも知れないが、聞いたことはあるだろう。走ることが嫌いな人も、一度体験するとランニングが病みつきになるというこの作用。「ランナーズ・ハイ」が訪れると人生が美しく全てが煌びやかで、涙が知らぬうちに頬をつたい、世界中の人と分かち合いたくなる。そんな表現をする人も少なくなく、決して大袈裟ではないようだ。

「ランナーズ・ハイ」は、走ることで生まれる苦痛がピークを過ぎると気分が爽快になりさっきまでの肉体的苦痛はどこかに消え、いつまでもどこまでも走れる高揚感覚の訪れをいう。もう少し具体的に説明すると、肉体が強いストレスを受けるとそれを調整する物質が分泌される。これは「モルヒネ」とよく似た作用であることから(実際にはモルヒネの6倍以上の恍惚感があると言われる!)「脳内麻薬物質」と呼ばれる。この物質(エンドルフィン)は、神経を興奮させて快楽を与えるのではなく、神経を落ち着かせて幸福感をもたらす作用がある。

一方、興奮させる脳内物質には、「ドーパミン」がある。「ドーパミン」は生きる意欲を作るホルモンと言われ、ポジティブな感覚を持つことで分泌され、「モチベーション」の神経伝達物質なのだ。「モチベーション」や「生産性」を上げるには、この「ドーパミン」を増やすことが必要だが、それには「運動」がやはり効果的なのだ。それも朝に効果を出すことで「幸福」で「生産性」の高い1日を作り出すことが可能になる。

「運動」は万能薬

「運動」は、認知症予防に効果的で、「記憶」や「実行機能」を高めるので学業の成績を高くし、生産性が高く収入に大きく影響し、「幸福感」をも生み出す「人生の万能薬」とも言えるのではないか? 日本人の平均座位時間は世界最長で7時間と言われ、特に健康リスクが指摘されている。動かないことは脳の低下を招くのだ。そもそも人類の歴史は600万年の進化史で考えればそのほとんどが狩猟採集時代であり、我々は長距離を走って獲物を収穫することで生態学的特徴を獲得してきたのだ。肌に体毛がなく汗腺を持つことで体温調節機能が備わり、他の動物と比べ例外的に走ることで高い能力を発揮してきたわけだ。我々はパソコンの前にずっと座って動かないことは、そもそもヒトには向いていない行為で危険ですらあるのだから。もう一度、「動かないことは脳の低下を招く」のだ。


 座って学ぶことをやめよう。身体を動かし、細胞のひとつひとつに働きかけよう。「心」と「身体」、そして「脳」に最高のパフォーマンスを発揮させるために、スニーカーの紐を結んで走り出そう。世界はもっと大きく、自分の可能性は無限大だ。

参考およびお勧め文献

『脳を鍛えるには運動しかない』 

ジョンJ.リティwithエリック・ヘイガーマン著 野中香方子訳 NHK出版

『Tarzan-No.811 運動は、なぜ脳に効くのか?』

マガジンハウス社

『走れば脳は強くなる』

重盛健太著 クロスメディア・パブリッシング

『頭を良くしたければ身体を鍛えなさい』

陳冲・望月泰博著 中央公論新社